福島第一原発事故直後の福島県中通りにおける
放射性物質の飛散状況はどのようなものだったか
―事故直後に行われた高エネルギー加速器研究機構と
理化学研究所の合同チームによる調査結果―
福島第一原発事故による福島県中通りの放射性物質の汚染が問題となっています。この地域への放射性物質の飛来及び沈着はどのようなものであったのか?当時の状況を理解することは今後の対策に重要です。福島第一原発事故直後の平成23年3月15,16,17日,4月8日に,福島県災害対策本部の要請を受けて高エネルギー加速器研究機構と理化学研究所の合同チームが行った広域放射性物質の調査結果から,その様子が明らかになりました。本調査は線量測定と放射性核種の判別ができる最新鋭のLaBr3シンチレーションガンマ線検出器を使って,(1)短時間で広範囲を移動でき,(2)場所の特定が容易で,(3)測定環境がほぼ同じにできる,高速道路上を中心に行われました。ここではその概要をわかりやすく説明します。
① いつ放射性物質が福島県中通りに?
測定をしながら磐越自動車道を郡山市からいわき市方面に向かっていた3月15日15時ごろ,郡山東インターチェンジで気体放射性核種「キセノン133」を含む放射性プルーム(放射性物質を含む空気塊)を観測しました(図1-1参照)。同時に線量が急上昇しました。つまり,
放射性物質が飛散してきた瞬間を観測したことになります。さらに同じ3月15日,復路で郡山市から福島市にかけての線量上昇を観測(図1-2参照)。これにより,
3月15日15時ごろから20時半ごろまでには放射性物質が郡山市から福島市にかけて到達していたことがわかりました。
図1-1 ガンマ線スペクトル例(3月15日磐越自動車道郡山東インターチェンジで測定)
図1-2 3月15日の線量率測定結果
② 3月15日に雨で沈着した放射性物質
3月15日夜,16日,17日の線量は,同じ場所で比較するとほぼ同じであることがわかりました(図2参照)。3月15日の福島県中通りの天候は雨。線量に変化がなかったのは,3月15日に福島県中通りに飛来・雨で沈着した放射性物質を翌日以降も測定していたためと考えられます。つまり,
ほとんどの放射性物質の汚染は3月15日に起こったのです。
図2 東北自動車道の線量率の経時変化
③ どんな放射性核種が飛来したのか?
7種類もの放射性核種(テルル132,ヨウ素132,ヨウ素131,キセノン133,セシウム137,セシウム136,セシウム134)が検出されました。分析結果から
事故直後の線量の主原因はテルル132とヨウ素132であることが判明しました。約3週間後の4月8日には短半減期のテルル132とヨウ素132はなくなり,
線量の主原因が長半減期のセシウム137とセシウム134に変わっていました。図3に例として東北自動車道安達太良サービスエリアでの放射能の割合を示しました。
図3 東北自動車道安達太良サービスエリアでの放射能の割合の変化
(3月16日のセシウム137は4月8日の測定結果から推定しました)
④ 3月15日の線量分布がそのまま保存されている
3月に線量の主原因であったテルル132とヨウ素132は,セシウム137,セシウム136,セシウム134と同じ分布をしていたことがわかりました(図4-1参照)。つまり,これらの放射性核種は同じ粒子にくっついて飛んできて,福島県中通りで雨と一緒に落ちたと考えられます。これにより,4月8日に得られた線量分布の形は,線量の主原因がセシウム137とセシウム134に変わったにもかかわらず3月調査時とそのまま同じになったのです(図4-2参照)。したがって,
事故直後に線量が高かったところは現在でも線量が高いのです。また,この知見により,現在の線量から事故直後の線量を推定することもできると考えられます。
図4-1 3月17日における東北自動車道のテルル132とセシウム134・セシウム136
の放射能の相関関係
図4-2 東北自動車道と磐越自動車道の線量分布の経時変化
⑤ 異なるヨウ素131の飛散挙動
テルル132,ヨウ素132,セシウム137,セシウム136,セシウム134の分布は同じで,飛散挙動が同じであったことは④で述べました。では甲状腺がんの原因として重要なヨウ素131の分布はどのようなものだったのでしょうか?分析の結果,ヨウ素131の分布は他の放射性核種と異なることがわかりました(図5参照)。つまり,
ヨウ素131の飛散挙動が他の放射性物質と異なっていたと考えられます。これは同時に線量とヨウ素131放射能の間に相関関係がないことを意味し,
線量からヨウ素131の放射能を推定することができないことになります。被曝評価には重要な知見です。
図5 3月17日における東北自動車道のテルル132とヨウ素131の放射能の相関関係
⑥ 阿武隈高地と奥羽山脈にはさまれた地形が影響
図6に示された様に,線量は福島県中通りが高くなっています(④の図4-2も参照)。福島県浜通り,福島県会津地方,宮城県方面に向かうと線量が短距離の間で激減します。一方,南方向には広く放射性物質が分布していることがわかりました。阿武隈高地と奥羽山脈にはさまれた地形の影響が放射性物質の分布に強く反映しています。
図6 線量の分布の概略
⑦ 今後の線量変化はどうなると予想されるか?
③で説明した通り,既に線量の主原因は半減期の長いセシウム137とセシウム134となっています。したがって,短期間での線量減少は見込めないと予想されます。平成23年4月8日でのセシウム137とセシウム134の割合はおおよそ1:1であるので,放射性物質の移動による減少がないと仮定して単純に半減期での減衰だけを考慮すると,放射能は
2年後に約4分の3,6年後に約2分の1,30年後に約4分の1に減少します。同じ放射能でもセシウム137よりもセシウム134の方が線量に対する寄与が大きいため,線量率の減少は放射能の減少よりもやや速くなります。線量率は
3年後に約2分の1,9年後に約4分の1,30年後に約7分の1に減少すると見積もられます。さらに降雨等の影響により,わずかではありますがこれよりも速く減少すると考えられます。
図7 セシウム134とセシウム137の放射能と線量率の変化の見積もり
⑧ さらに詳しく知りたい人のために
本調査結果は論文として日本原子力学会和文論文誌に間もなく掲載されました。松村 宏,斎藤 究,石岡 純,上蓑義朋,「高速道路上のガンマ線測定により得られた福島第一原子力発電所から飛散した放射性物質の拡散状況」,日本原子力学会和文論文誌,第10巻,第3号,152-162ページ (2011)。内容は専門的ですが調査結果が詳しく書かれています。さらに詳しく知りたい人は論文をご覧下さい。論文誌へのリンクは
こちら。
(2011年8月01日⑧の更新)
(2011年6月29日序章①④⑦の表現修正,⑦加筆更新)
(2011年6月24日更新)